路線バスの、始発を待ってた


東京都内のタクシー料金が秋に値上げになるらしい。値上げは15年ぶり、らしい。

 

その15年前よりも、さらに随分、昔のことだけれど・・

 

南アルプスの北岳に夏、一人で登りに行った。

 

電車を乗り継いで、降りた甲府の駅の、駅前ロータリーで、北岳の登り口あたりにいく路線バスの始発を待っていた。

 

バスの始発まで、まだ結構時間があるな、って思いながらベンチに座ってたその早朝・・天気はよくて、ま、この天気なら、難なく登れるだろう・・この天気、続いてくれたらいいな・・とか思ってた。

 

澄んだ空気。だだっ広い駅前ロータリーから眺める遠くの山々。その山々の連なりに、・・やっぱ甲府は盆地なんだな・・。

 

周囲に人はいなくて、客待ちのタクシーが一台、目の前に停まっていた。

 

ベンチに座ってしばらくすると、そのタクシーから、そこそこ年配の運転手さんが降りてきて、僕に近づき、僕に話しかけてきた。

 

「どこ行くの」

「北岳登ります」

 

そんな感じで、暇そうな運転手さんとの会話が始まった。

 

「山なんか行かねえで、タクシー乗りなよ。一万円で今日一日、貸し切りにしてあげるよ」

「え・・それはいいですよ」

 

僕は丁重に断った。一万円の貸し切りで、運転手さん任せで観光、っていうのも、悪くはないな、とは思ったけれど・・一泊二日で北岳山頂をピストンするための装備を山用ザックに詰め込んでる・・

 

ある意味、装備の詰まったザックは、僕の山行の相棒で・・相棒を連れてきて、その相棒を無用の荷物に帰させてしまう・・そんな自分には、馬鹿らしさを感じた。

 

運転手さんにしてみれば、その誘いは僕との会話の切り口に過ぎなかったのかもしれない・・運転手さんと僕との会話は、タクシーのお客さんがやっと、というか、奇跡的に、というか・・やって来るまで、随分長く続いた。

 

「タクシーの運転手の前は、なにやってたんですか?」

「俺はヤクザだったんだよ・・馬鹿なことしてたな」

「でも・・いい思いも結構できそうなイメージ、あるけど・・」

「まあ、金と女には苦労しなかったな」

 

最高じぇねえか・・僕は思った。その人が本当にヤクザだったのかどうかは分からないけれど・・ただ・・へばりついた独特の空気感、みたいなものを持ってる人だった。

 

当時僕は定職についてなくて、日雇いのアルバイトで食いつないでいて・・だからか・・ヤクザっていう選択肢も、ありかな・・なんて、思ったりした。ヤクザ組織に入ったら入ったで、厳しいもの、あるに違いない、とも思った。

 

・・この人の過去は、僕の未来には・・ならないだろうな・・

 

遠景の山々に囲まれて、とりあえず今、目指すのは北岳だった。この人の誘いに乗ったら・・甲府にタクシー、乗りに来ただけ・・そんなダジャレを浮かべてた。

 

⇩ 千年巣鴨・・巣鴨地蔵通りの想い出

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