由来の知れぬ石碑

だいたい毎日、小学校からの帰宅の道は、校門を出てからしばらくすると、僕はもよおしはじめて肛門を絞るのだった。家が近づけば近づくほど、ウンチを我慢するのに結構、必死になっていた。

 

僕が住んでいたその実家には、僕の先祖がその場所に住むようなる前から「地先祖様」と呼ばれる石碑が立っていて、その石碑の由来は、親も知らなかった。

 

石碑の裏側には僕の家の苗字と同じ苗字の名前が刻まれているのだが、その名前の主が誰なのか、分からないのだった。

 

父はその石碑の位置を、何かの都合で移動したことがあったらしい。そうしたら、営んでいた事業、その中で、事故が続いたらしい・・で、石碑を元の場所に戻したら、続いていた事故は止んだらしい。

 

そんないわくを知らなかった僕にとって、石碑はたまに、僕にとっての遊び相手にされていた。

 

子供の背丈で胸ほどの高さがある石の土台の上に、一枚板さながらの石板が石碑として載っているその碑の土台に這い上り、少しだけ眺めがよくなったのをただ、楽しむ程度ではあったのだが・・時には土台に載った石板に這い上ろうとしたりもしていた。

 

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 その日も、小学校からの家路、いつものように僕は排泄をこらえて歩いていた。

 

もうすぐ、もうすぐ・・そう自分に言い聞かせて、そして、・・肛門に言い聞かせていた。

 

もうすぐ、もうすぐと、家に近づけば近づくほどに、苦しいクライマックス・・

 

家に着いた‥玄関でランドセルを投げ捨て、二つの和室を通り抜けた。

 

 

・・家の中はいつになく賑やかで、従兄たちが遊びにきていた。

 

仲がよく、僕をとてもかわいがってくれていた従兄たちがいることに、平常心の僕であったなら、ただただ、胸が躍っていたに違いないのだが、その時の僕にとっては、胸が躍る余裕などなく、まずはこの苦しみからの解放に安堵しなくてはならなかった。

 

二間続きの和室の向こうには縁側の廊下・・その、突き当たりの縁側を右に曲がれば、念願のトイレ、その扉がある。

 

今日も僕は、間に合った・・そう思った。

 

しかし・・一人の従兄が、トイレの扉の前にいた。トイレに入ろうとする僕を阻んだ。

 

「どけよ!」

 

怒鳴った。必死だった・・しかし、従兄は楽しそうに、そこから動かず、対面する僕を見下ろして「ほらほら」とか言いながら笑っていた。

 

「どけっつってんだろ!」

 

だめだ・・と思った。もらした。

 

「ばかやろー!」

 

優しい従兄だったから、僕がどんなに口汚くても、怒ったりはしない。

 

しかし・・なんの仕打ちか・・

 

やるせない敗北感・・縁側の、ガラス戸の向こうにふと眼を移した。

 

庭で石碑が・・笑ってた。