人にはアストラルボディ(アストラル体)っていうのがあって、つまりは感情体、ですね。あああ・・って頭抱える・・そういうときっていうのは、自分から発せられた感情体・・アストラルボディにやられてしまっているわけです。自分から発せられた、っていうのは、一面的な言い方になるけれど。
愛っていうの、ありますでしょ。人とつながってる、一つになってる・・そういうの、感じているとき、プラスの気体・・エネルギーとしてのアストラルボディに包まれる。反して、憎しみ・・愛からの離反、分離を感じたとき、たとえば、殺意、持ったりする。マイナスのアストラルボディに包まれているわけです。
よく、神智学の入門書・・たとえば、神尾学先生の本なんかに、肉体・エーテル体・アストラル体・メンタル体・・・・・その図が、描かれている。へー、そうなんだ・・図柄を見ている分には、認識として、ああ、そうなんだ・・思ったり、っていうの、あるけれど・・
アストラルボディ・・見える見えないはともかく、感じやすい、ですよね。グオーっと憎しみ湧いたときとか、自分が、何かに覆われているの、感じますよね。それ、そのまんま、アストラルボディなわけです。
気体としてのエネルギー、って言うのかな、アストラル体も、その一つだけれど・・こうなってるよ、的な本、結構あるし、いろんな人の、神智学を学んでいる人とかのブログとかでも、そういうの、神尾先生みたいな図柄、載せてあったりするけれど・・でも、それは客観認識としては役立つけれど・・
自分で経験的に、これか、みたいな実感、なければ、意味がない。
肉体があって、その周り何センチ、エーテル体が囲んでいて、その周り、何センチ、アストラル体が囲んでいて・・嘘ですよ。こんなの。
自己経験としての実感伴わないただの客観構造認識です。 そういうのを書いたり描いたりの本とか、逆に、実感としての理解を妨げている側面がある。なぜなら、書いてる本人が、実は、実感として、わかってないからです。と、思います。(と、付け加えておきました)
アストラル体は収縮も膨張もするし、肉体伴わないものとしても、結構、存在している。帰幽とか他界とか言われる、肉体失った存在としても。そして、肉体としての個人、あるいは、帰幽されたその人個人を、ただ、覆っている、っていうものではない。覆われるのは個人だけれど、アストラル体の生成は、共振によります。
で、その共振・・基本、愛なんです。繰り返すけれど、愛は憎しみと、裏表の関係にあって。一体感、感じているとき・・そこにもたらされる感情が、愛で、そこから分離したとき、愛は憎しみに変わる・・愛の復活果たせないのなら、相手を殺したくなる・・実際、殺すこと、多くはないけれど、でも、そういう感情、起きますでしょ。
実際、殺してしまったら、それは犯罪になるけれど、そして、犯罪者としてのラベルを社会的制裁として受けることを恐れて、大体の人は、実際には殺さないわけだけれど、感情は、生々しく、あるわけです。
図柄で、アストラル体はこうなってる・・それ知って、何も学んだことにはならないんです。
共振・・わかりやすく言えば、ストーキング・・愛の復活求めてつきまとう・・付きまとわれた側は、つきまとう側が、相手への殺意も抱いているのと等しく、殺意を抱く。
アストラルボディは、個人を覆いつつも、共振関係として、あるわけです。
ああああ・・・頭抱えること、僕もありますよ。ネットでエゴサーチして・・以前、チャットで来てくれてたお客様が、口コミサイトに口コミしてくれてて・・この口コミ、読む人、俺のこと、詐欺師・・思うじゃん・・
僕がチャットのサイトから離れ、僕への接点失った、その人の分離感、疎外感・・それが吐露された口コミの内容は、攻撃性を隠そうとした攻撃・・非難を隠そうとした非難・・殺意、感じます・・分離感そのもの・・
その分離感の種を撒いたのは僕で、でも、僕・・その人の僕への殺意に共振してしまう・・そういうの、あります。あ・・ネットで口コミ、公開されてるから、それを前提に、僕、こんなこと、言ってるわけで、基本、僕、お客様とのやりとり、絶対に口外しないです。
じゃあ、僕に詐欺師的側面、ないのか・・ありますよ。基本、資本主義、詐欺に満ちていますでしょ。あらゆる商品、売って利ざやを得る・・社会システム自体が、詐欺システムなわけです。影響を受けないわけがない。この社会に生きている以上、自我の内部に、詐欺のエキス、誰もが沁み込んでいるわけです。社会が悪いって言ってるわけじゃないですよ。社会と個人は、共振関係なわけです。
路上に占いで座っているとね・・・・「詐欺師」
吐き捨てて通り過ぎる人、たまにいます。その人の、僕への自己投影ですよ。てめえ・・思いますよ。アストラルボディが共振するわけです。